◆矢吹覚
(東京都知事認定)東京都伝統工芸士。東京都優秀技能者。
福島県郡山市生まれ。
15歳で上京、文京区根津の田中資啓さんに弟子入りし、11年の修行を経て独立。
昭和47年に千葉県に移転する。
写真の方が、千葉県松戸市の江戸鼈甲(べっこう)職人・矢吹さんです。
鼈甲一筋60年。
矢吹さんの江戸鼈甲は、千葉県指定伝統的工芸品にも選ばれています。
今回は、鼈甲の原料となるタイマイのお話や鼈甲へのこだわりなどを、たっぷりとお伺いしてきましたので、ぜひご覧ください。
インタビュアーは、食育指導士で2歳のお子さんのママでもある相楽さんです。
相楽
今日はよろしくお願いいたします。
今はどんな作業をされているところですか?
矢吹
今はかんざしを作ってるところですね。
相楽
矢吹さんの鼈甲細工は、千葉県の指定伝統的工芸品に選ばれてるんですよね。
特別なやり方とか、あるんですか?
矢吹
今日はみなさん、僕の仕事を見てるけど、昔だったら仕事場には入れないよ。
そこの人のやり方があるからね、玄関払いだよ。
最近は、いくらか緩和されてきたけどね。
僕なんかは、自分が持っている技術、一代で終わりだから、鼈甲の組合員にこうやるのがいいって、できるだけ話してるんだ。
相楽
最近は、自分の技術を伝えていくようにされているんですね。
同じ地域にどのくらい鼈甲職人さんはいらっしゃるんですか?
矢吹
うちの組合員は、東京と千葉に12名だね。
相楽
お若い方はいらっしゃるんですか?
矢吹
若い人はなかなかいないですねぇ。
何人かやってるみたいだけど、経験を積まないとできない仕事だからね。
相楽
どのくらい修行というか経験を積むと、一人前になれるものですか?
矢吹
大体10年じゃない?僕は11年だったけど。
まぁ、10年いたからいいってわけじゃなくて、結局はその人の努力じゃない?
相楽
続けることって努力がいりますよね。
あと、鼈甲に対する愛情もないと、なかなか続かないものなんでしょうね。
矢吹
僕はこの道に15歳で入ったから。
何もわからないでこの道に入ったのがよかったんだね。
相楽
15歳のときに鼈甲に出会ったきっかけっていうのは?
矢吹
僕の先輩がこの道に入ってたから、それでだね。
定年がないから、70歳越えてもこうして現役でやっていられるのはいいね。
相楽
1日の作業のスケジュールは、どんな感じなんですか?
矢吹
朝の8時半頃から夕方の6時までここで作業してるね。
相楽
長いですね!
お昼休憩は挟むんですよね。
矢吹
そう。昼寝もしてね。
相楽
今手がけていらっしゃる作品には、どんなものがあるんですか?
矢吹
かんざし、ペンダントとかイヤリングなんかだね。
まぁ、頼まれればなんでもやるけどね。
一番自信持ってやるのは和装物だよね。
僕の指導者が得意だったから。
特に僕は帯留めが好きですけどね。
相楽
どれもすごくきれいですね~。
私は恥ずかしい話、今まで鼈甲の原料がカメだということを全く知らなくて。
今回取材するにあたって、タイマイというカメの甲羅が原料だと知って、まさか生き物だったなんてって、とても驚きました。
矢吹
畳半分くらいの大きさの亀ですよ。
相楽
日本にはあまりいない亀なんですか?
矢吹
日本にも沖縄の石垣島で養殖されているのもいるんですよ。
今は輸入禁止になってるけど、昔は東南アジアとかキューバから取り寄せてたんだよね。
キューバでは食用なの。
キューバのと、東南アジアのでは、硬さが違うから、これがまた奥が深いね。
キューバの海の水温はだいたい27度くらいで、東南アジアは24~25度だからね。
我々にはどうしてなのかはっきりは分からないけど、キューバのは非常に扱いやすいんですよ。
相楽
どこの産地のものかによって、模様も違いますね。
そもそも、鼈甲はどれくらい前から作られていたものなんですか?
矢吹
うーん、いつくらいだろうね。
古いものだと正倉院の琵琶に鼈甲が乗っかってるみたいだけどね。
相楽
正倉院の琵琶!
正倉院っていうと、奈良時代ですか。
やはり鼈甲の歴史はとても長いんですね。
相楽
取材前に鼈甲の耳かきをお借りして、実際に自分で使ってみました。
もうすぐ3歳になる息子にも使ってみたんですよ。
鼈甲の肌触りはすごく優しい感じがして、息子も大人しく耳かきをさせてくれて、とても良かったです。
矢吹
肌に当たるものだから、熟練した人にしか作れないよ。
頭から持つところまでのバランス、調和を考えると、簡単なものじゃないよね。
今、実際に作ってみようか。
相楽
え?いいんですか!
どのくらいの時間でできるんですか?
矢吹
時間をかけようと思えばいくらでもかけられるんでしょうけど。
1日はかからないよ。
耳かきなら、1日10本くらい作れるかな。
相楽
焦らせてしまっては申し訳ないですけど、取材中に作っていただいてもかまわないのであれば、ぜひ!
相楽
鼈甲を切っている細い針金みたいなものはなんですか?
矢吹
これは糸鋸(いとのこ)です。
相楽
糸鋸!小学校の時、図工の時間に使ったことがありますけど、ぜんぜん細さが違いますね。
矢吹
特別な細さだよね。
別の糸鋸だと切り口がぜんぜん違うから、鼈甲用の特別のものだね。
力はいらないんだよ。
力が入っちゃうとだめになっちゃうから。
相楽
一見、力がいりそうに見えたんですけ、実は違うんですね。
これも職人さんならではのコツがあるんですね。
矢吹
せっかくだから、今、型を取った鼈甲の中から、一番いいので仕上げてみようかね。
相楽
思わず手元をじっと見入ってしまいますね!
みるみるうちに耳かきの形になっていくので。
耳に入れる部分ってとても繊細なカーブですけど、そこをどう仕上げていくのか、とても興味がありますね。
矢吹
そんなすごいものじゃないですけどね。
自然にやっていることだから。
相楽
いえいえ!
素人には、いったいどうやって曲げてあのカーブを作るのか、不思議ですもん。
全てサラッとやってしまうのが、やっぱり職人さんですよね。
熱で形を変えるんですか?
矢吹
そう。鼈甲っていうのは温めるとぐにゃっとするんだよね。
だいたいこのくらいの熱さがいいって、加減をみながらね。
こっちでガスが沸いてるんだけど、だいたい120度くらい。
僕のやり方ね。
人によって違うと思うんだけど、120度くらいがベストだと言われてるんだよね。
相楽
わー!曲がった!
あっという間に耳かきの形ですね。
あっという間に出来上がってしまいそうですね。
まだ作り始めてから25分ほどしか経過してませんけど。
矢吹
今からの作業は磨きっていってね。
このままじゃ艶がでないから。
まずは、このドロドロした磨き砂を使って磨くよ。
磨き砂は、800万くらいの粒子なんだよね。
相楽
粒子の細かい泥状の磨き砂を鼈甲に付けて、それをこちらの高速回転している車輪に当てて磨いていくんですね。
矢吹
次の作業は艶出しって言ってね。
まだ今の状態だと少しざらざらするから、更に磨いて艶を出すよ。
相楽
あ!傍で見ててもピカッとつやつやしてきたのが分かります。
艶っぽくなってきましたね。
矢吹
だいたいこんな感じだね。
艶が出たね。
相楽
完成ですね!
とってもきれいですね~。
ぜひ作っていただいた耳かき、購入したいです。
矢吹
いやいや、プレゼントしますよ。
※しばしの押し問答の後・・・プレゼントしていただくことになりました。
相楽
ありがとうございます!
子どもにこれで耳かきするときは、「職人さんがつくってくれた耳かきなのよ」ってお話しながら耳かきします。
大事にしますね。
矢吹
耳かきとしては、いいものができたね。
相楽
肌に触れるものだからってことで、矢吹さんが一本一本本当に丁寧に真心込めて作ってくれていることが、今日実際に見せていただいて良く分かりました。
お話を聞きにきたつもりでしたが、何よりも矢吹さんの作業を目で見せていただくことが何よりの取材になりました。
本当に、今日はありがとうございました。
取材日:2013年9月11日
取材場所:千葉県松戸市 矢吹さんの工房
いかがでしたか?
インタビューでは、作業真っ最中の作業場の中へ入らせていただくことができました。
真剣な表情で鼈甲と向き合う矢吹さんは、さすが鼈甲一筋60年の職人さん。
快く取材に受け答えながらも、作業の手が止まることはありませんでした。
インタビューの中でも少し触れていますが、矢吹さんに無理を言って、耳に入れる先端の部分が小さい「子供用の耳かき」を作ってもらいました。
「鼈甲の耳かきで耳掃除をしたときの気持ち良さ、肌に触れたときの優しさを、うちの子供たちにも体験させてみたいな。」
そんな僕のわがままを叶えてくださった矢吹さんに感謝です。
なお、耳かきや帯留めなど、矢吹さんの江戸鼈甲は、手しごと本舗(楽天市場)で、ご購入いただけます。
(2013/9/24 編集長・おかざき)