◆太田衛
1951年、東京都墨田区生まれ。
30年ほど前、鎌倉彫を営む兄を通じて独楽(こま)職人と出会い、江戸独楽の世界へ。
現在は、団扇職人の奥様とともに自然豊かな南房総に工房をおき、江戸ならではの粋で華やかな独楽や木地玩具を製作している。
写真の方が、千葉県南房総市の江戸独楽(こま)職人・太田さんです。
独楽を作り続けて34年。
太田さんの江戸独楽は、江戸時代からの伝統技術を用いた見た目にも美しい独楽で、千葉県指定伝統的工芸品にも選ばれています。
今回は、修業時代の話や独楽へのこだわりなどについて、たっぷりとお話をお伺いしてきましたので、ぜひご覧ください。
インタビュアーは、日本の手仕事や職人さんが大好きな石井さんです。
当初はインタビューだけの予定でしたが、実際にミズキの木材を削り出し、独楽に仕上げていく工程を全て見せていただきました。
石井
こんにちは、今日はよろしくお願いいたします。
さっそくですが、そもそも独楽を作る職人になろうと思われたきっかけは何ですか?
太田
兄が鎌倉彫をやっていて、鎌倉彫っていうのは、すでにある器に彫るものなんだけど、それじゃ面白くないってことで、店を出すのに器をつくれる江戸独楽職人を探してた。
そのときに出会ったのが、画家なんだけど、ろくろが引けて、独楽も作れる人だった。
石井
その方が、江戸独楽四代目の独楽師・広井政昭さんのお弟子さんだったそうですね。
ということは、太田さんは広井さんの孫弟子ということになりますね。
太田
そう。
時々兄の店に行くうちに、ろくろで引く独楽作りを見ていたら、面白そうだって思ってね。
当時、建築設備の会社に勤めて現場に出てたんだけど、事故で指を折って事務職に異動した頃で・・・
きっかけってそんなものかもしれないね。
石井
すると、それからは毎日お店に通い、独楽作りの修行が始まったんですね。
太田
毎日通って、ろくろ引いたよ。
石井
どのくらいで形とかができるようになるんですか?
太田
形だけはなんとかすぐできるけど、日々出来上がりが違う。
毎日、体と手と刃物と、慣れるまでとにかく数をやって体で覚えるしかないね。
昨日と同じやり方をしても同じに仕上がんない。
木は生き物、刃物の焼入れや砥ぎでも変わる。
石井
独楽の材料となる木の素材というのは、決まってるんですか?
太田
特に決まってないけど、僕らは色をつけるから、ミズキという白い木を使ってる。
ろくろ引きには、広葉樹で堅い木を使うことが多いね。
桜やケヤキなんかも使う。
木は冬に伐採し、指定した大きさに製材したあと、いげたに組んでゆっくり乾燥させる。
しっかり寝かせないと割れてしまうから。
ミズキは水分の多い木なので、乾燥に1~2年ほど、太ければ太いほど時間がかかる。
石井
材料になるまでにも、そんなにかかるんですか?
太田
今、林業が衰退してるでしょ。
山の手入れがされてないから、いい材料が減ってるっていってるね。
ミズキだけじゃなく全部。
ミズキは雑木だから植林はされていないし。
小田原の製材屋さんで買ってるけど、いつまで手に入るのかわからないね。
石井
木がなくなるなんて考えたこともなかったですが、自然に生えている木ならあり得ますね。
貴重な資源になりつつある・・・。考えさせられます。
太田
女房が団扇作ってるけど、その竹も同じだね。
いいのがなくなってる。
ミズキだけじゃなく、いい材料は少ないよ。
石井
道具もご自身で作られるんですか?
太田
ろくろ自体はシャフトで回る機械だから、けずる刃物はこだわるね。
ろくろを引き始めた頃は、うまくいかないと刃物のせいにしたり、砥石のせいにしたりしてたけど、結局は自分の力量がそこまでいってないって悟る。
毎日自分をしっかり見て、気づいて、こうやってみようああやってみようと試していくしかないね。
気づくって、大変なことなんだよね。
石井
自分と向き合うってなかなかできないことだと思うのですが、一つのものを作り出すというのは大変な作業だということなんでしょうね
太田
先生がもともと画家なので、色使いも厳しかった。
「江戸独楽は垢抜けた色使いをしろ」だとか、いわれるんだよね。
石井
江戸独楽ならではの色使いがあるのですね?
太田
江戸独楽は、曲独楽(きょくごま/独楽を使った曲芸のこと)に通じるとこがあるからね。
僕は字も下手だし、ましてや絵なんて何十年と書いてない筆ももったこともないのに、全部自分がやんなくちゃいけない。
悩みましたよ、こんなんで喰っていけるのかってね(笑)
とくにおもちゃなんて、作ると大変だよ。
石井
商品として、売ってもいいなと思われたのはいつ頃ですか?
太田
1~2年はかかったでしょうね。
兄の店に、最初の頃は1個10円とか20円の値札をつけておいといた。
子供がお小遣いで買ってったりするんだ(笑)
石井
コマというと、私は九州生まれということもあって、競わせたりとかそんなイメージがあるんですが。
太田
江戸独楽は、曲独楽やお座敷独楽というところからきてるから、競わせる独楽や子供が遊ぶ独楽とは違って、部屋の中で遊ぶもの。
華やかな色使いとか人に見せてきれいじゃなきゃダメ。
ただ、作り手によっても変わってくるんですよね。
石井
そういえば、正月番組で扇のへりなどで独楽を回したりという芸をテレビとか見たことあります。
太田
ろくろを引く人を木地屋といって、僕らはおもちゃを作っているので木地玩具っていうんです。
文献とか残ってなくて、口から口へ伝えられてきたから、詳しいことはわからないけど・・・。
僕が聞いたところ、器は土があれば作れた。
木の器というのは、ろくろ引く職人がいなくちゃできなかったから、裕福な家でないと使えなかった。
漆器もその延長でしょう。
だから、木のおもちゃで遊ばせるなんていうのは、大名の身分でないとできなかったとか。
石井
なるほど、庶民のものではなかったんですね。
江戸独楽の種類には、どんなものがありますか?
太田
基本はひねり独楽、指でひねって回すもの。
ひねり独楽の上に小さな独楽をのせるのが、二段独楽。
糸引き独楽はここに糸を巻いて、上のわっかを持って糸をひっぱると回る。
直径が大きければ大きいほど長く回る。
石井
本当だ、長く回り続けますね。
丸い形の独楽ははじめてみました。
太田
これは提灯独楽(ちょうちんこま)という丸い形のがあって、そこからこうなったんじゃないかな。
石井
独楽は回らないといけないわけですよね。
きれいに作れば回るものですか?
太田
バランスをとらなきゃいけない。
木というのは目を見ると、荒いところと細かいところがあったりするから均一じゃない。
育ったところも違うし、微妙に重さも違うわけ。
回転させたとき、車のタイヤもそうだけど、バランスをとらないと暴れちゃうんですよ。
石井
暴れる?
きれいに回らずにちょっともたつくような、乱れてるってことですか。
太田
バランスがよければ、きれいに回るんだけど、バランスが悪いと遠心力で重いほうに引っ張られて暴れちゃう。
だから軽い方に重りを打ってバランスをとる。
木は生きてるから、時間が経つとまた変わる。
ねじれて育ってる木もある。
そんな木はやっぱりねじれて動いちゃう。
独楽にならない木は台にするとか、その目を見なきゃいけない。
石井
重りはどんなものですか?
太田
真ちゅう製の釘だね。
鉄だとさびちゃう。
真ちゅうの長さや太さを調整して、大体一つか二つ場所を探して打っていく。
大きければ大きいほど、バランスをみないと暴れることになっちゃう。
石井
色に特長はありますか?
太田
7色の染料を使って、大体独楽一つに4色だね。
感覚で決めてるかな。
最初は水彩染料を使っていた、粉を溶かして使う。
でも、紫外線で退色してしまうだよね。
探していたら、千葉県内の仲間に大漁旗を染めている職人がいて、その人が使っている染料が色もよく退色しない。
そして速乾に近いからいい。
色づけした後すぐにロウをぬるから、すぐに乾いてくれないと困るんですよ。
いろいろ試してみたけどね、これが一番いい。
石井
いろいろ工夫されているんですね。
木の目がほんのり見えて、透明感があっていいです。
太田
無地の独楽に、子供に色づけさせると面白いんだよ。
細かい線をいっぱい書く子もいれば、2本だけ線を入れる子もいてさ。
回すとそれがまた味がある。
石井
それは楽しいですね。
子供たちの発想も豊かになりそうです。
ろくろにミズキを打ち込みます
太田
これがろくろ。
刃物があってここに独楽の大きさにあわせて切ったミズキを打ち込むわけ。
カンナをあてて削り出します
独楽の上の部分から
みるみるうちに形が現れてきます
石井
わぁ、キレイ!
独楽の上の部分から?
え、芯も一緒に削り出すんですか。
てっきり芯はあとでさしているものだと思ってました。
ヤスリをかけます
太田
ここでペーパーをかけてね、粗さで3種類くらい使うんだけど。
昔のペーパーはすぐに目がつまったけど、今はアルミのいいペーパーがある。
石井
木の粉が煙みたい。
吸い込んじゃいそう。
太田
ここでね、色づけしていくんです。
石井
え、ここで?
全部削り終えてから色づけするものとばかり思ってました。
太田
最後に切り落とすから。
こうやって色をつけてく。
細い線を入れます
まずは外側の赤!
紫!ほんの一瞬です
緑!ほんの一瞬です
黄!ほんの一瞬です
石井
きれいですね。
あっという間に均一で色がついてくる。
ろくろだから?
でも回しながら線をはみ出さず色をつけたり、らせん模様とかつけるのって大変ですね。
太田
まあ、慣れだけどね。
らせん模様は1回転させる間に筆を動かすとなる。
今日は染料は薄めにしてるけど、実際はもう少し濃いものを使うから。
これで色づけはおしまいなんですよ。
ここで早く乾いてくれないと、次の作業ができない。
石井
ああ、だから速乾の染料じゃなきゃだめなんですね。
理由がわかりました。
ロウでつやを出します
太田
カルナバロウを使って光らせる。
ろくろでまわすから摩擦がおきる、それで溶かすんだけど、少しとけたままだと小さな結晶が白く残っちゃう。
こうやって布をあてがって、あんまり強くやるとせっかくついたロウをふき取っちゃう、のばさなきゃいけない。
今光ってるなっていう頃合いを見なくちゃいけない。
これが口では教えられないんだよね、体で覚えるしかない。
※カルナバロウは健康食品やサプリメントなどにも使われている、赤ちゃんが舐めても安心な素材です。
石井
ふ~む、本当にまんべんなくつやが出てます。
きれい!
最後に下半分を一気に削ります
太田
普通、ひねり独楽でこんなに大きいの作らないけどね。
石井
ほとんどの工程がろくろ上での作業で、見とれてしまいました。
それにしても、すごい集中力ですね。
上の芯と下の芯はちゃんとまっすぐ!
回してみると・・・
太田
やっぱり乱れるね。
回すと重い方向に引っ張られるから。
で、いい場所を探して重りをつける。
石井
それはどんなふうに?
太田
それは、企業秘密だから教えられない(笑)
石井
1日どれくらい作られるんですか?
太田
忙しいときだと、午前中4~5時間、午後4~5時間だね。
目が疲れるし、夜はだめだけど、朝は早いよ。
石井
かなり長い時間ですね、集中力も大変です。
太田
あげます。(出来立ての独楽をほいっと)
石井
え、いいんですか?
太田
暴れてるし、重りも入れてないけど。
石井
とんでもない!うれしいです。
ありがとうございます!
取材日:2013年10月4日
取材場所:千葉県南房総市 太田さんの工房
いかがでしたか?
木材があっという間に独楽の姿になっていく様子には、立ち会ったスタッフ全員が感動していました。
たったひとつの心残りは、動画を撮り忘れたことです・・。
太田さんの江戸独楽は、手しごと本舗(楽天市場)で、ご購入いただけます。
販売しているのは、ケンカ独楽と糸引き独楽、二段独楽(上下)、ひねり独楽の計5点セット。色は、赤、黄、緑、紫、黒、無塗装の6色からお選びいただけます。
「自分で色を付けたい子供がいるかもしれないから、無塗装のものも作ってほしい」という僕のわがままにも、嫌な顔ひとつせず対応してくださいました。
(2013/10/12 編集長・おかざき)