◆金子卓志
有限会社金子編物代表。
昭和32年新潟県生まれ。
東京農業大学に進学。タンパク質の研究でシルクと出会う。
同大学で相撲部に所属し、国体や海外遠征に参加。卒業後も県内のわんぱく相撲などの指導を行う。
毎月、新潟物産展や職人展で全国各地を回っている。
写真の方が、新潟県出雲崎町のシルクニットの達人・金子さんです。
「きゅっきゅっ」という絹鳴りのするシルクニット「良寛シルク」を開発。
大量生産では決して作ることのできない、生糸を原料とした手編みのシルクニットを作り続けています。
今回は、シルクへのこだわりや少年時代のことなどについて、たっぷりとお話をお伺いしてきましたので、ぜひご覧ください。
インタビュアーは、日本の手仕事や職人さんが大好きな石井さんです。
この日はちょうど、百貨店で開催される物産展の準備の日。
忙しい合間をぬって、お昼の食事をしながらのインタビューとなりました。
石井
こんにちは初めまして。
今日はよろしくお願いします。
早速ですが、金子社長は金子編物の二代目でいらっしゃるんですね?
金子
元々は母が編み物教室をやってたんです。
父は転勤が多い仕事だったので、子どもを連れて行くのは大変だろうと。
当時編み物の資格を持っていたので、自宅で小さな教室を始めたんです。
石井
編み物教室ということは、生徒さんから月謝をいただくものですね。
金子
母は変わり者でね。
習いに来る生徒さんは、お嫁さんだったり結婚前の娘さんだから、昼でも夜でも習う時間は、そのご家庭のお姑さんやお母さんが代わりに家事をやってる。
そうなると月謝や材料費以外にも負担がかかるでしょ。
石井
確かに、そう考えると見えない負担がありますね。
金子
それでは申し訳ないと、何とか生徒さんがお小遣いでも収入が得られるくらいにしたいと考えていたようです。
教えている内に、生徒さんたちがどんどん実力をつけて、プロ並みになっちゃった。
実際に編み物の仕事も受注できるようになり、本当に生徒さんにお小遣いができるようになっちゃった。
石井
それはすごいですね!
編み物というと、手編みですか?
金子
手編みもですが、主に家庭用編み機です。
石井
ああ、あのシャーシャーと左右に動かす度に音がして、下にニットができていくアレですね。
懐かしい!
昔実家にあった記憶があります。
母がやっていました。
金子
それです。
工場で使われている大きな編み機を小さく手動にしたようなあの編み機です。
石井
いつ頃のお話ですか?
金子
昭和33年頃です。
それから東京オリンピックの昭和39年頃には、アパレル会社から1点もののオーダーが入るようになっていました。
皆さんご存じの一流ブランドメーカーさんですね。
石井
(社名を耳打ちで聞いて)
ええ?そんな名だたるところからですか。
それをすべてお母様と生徒さんが作られていて・・・。
それだけクオリティーが高かったということですね。
金子
注文が増えて忙しくなり、昭和48年に法人化しました。
生徒さんは全員従業員になっちゃって、編み物教室は辞めました。
もちろん、新しく入った従業員さんには編み物を教えて、編み物の資格も全員に取らせて手に職をつけて貰いました。
石井
編み物は、私の母の頃には嫁入り道具の一つといえた技術だった気がします。
先代であるお母様は素晴らしい方ですね。
金子
私が生まれたのが昭和32年ですから、物心ついた時には仕事としていました。
だから、編み物は日常の中にありました。
学校から「ただいま!」と帰ってくると、生徒さんは皆ご近所のお姉さんだったりおばちゃんですから「おかえり!」と迎えてくれて。
私の子守もしてくれました。
だから私も自然と編み物をしましたし・・・。
生活の一部というか、当たり前だったんです。
石井
今でこそ「編み物王子」って呼ばれている方がいらっしゃいますが、その初代ですね。
金子
実は男性の編み物って多いんですよ。
昔はね、海軍さんや船乗りさんはほとんどされていました。
漁師さんは網のつくろいとか全部するでしょう?
石井
あ、そうですね。
金子
長い航海や遠洋漁業をする人達は時間もあるし、ヨーロッパの伝統的な編み物などは元々男性なんです。
日本でも80代以上の方だといらっしゃいますよ。
石井
でも思春期の頃だと、同級生にからかわれたりしませんでした?
金子
それが、私が編めるの知っているから同級生から頼まれるんです、女子から。
「金子君、私の彼氏にマフラー編んでくれない?」って。
口コミで広がって、クリスマス前は忙しくなるんです(笑)
石井
それは大変ですね(笑)
その後、大学は東京農業大学に進まれた。
金子
食品に興味があって。
親も継ぐ必要はないと言っていて。
なので会社を継ぐ気は全くありませんでした。
石井
なるほど。
東京農業大学では何を研究されたんですか?
金子
タンパク質をかじりたいと思っていて、たまたま与えられた食材が「シルク(=絹)」だったんです。
石井
シルクといえば、着物だったりドレスやスカーフだったり、高級糸・生地というイメージですね。
金子
シルクの主成分はタンパク質です。
お蚕(かいこ)さんの種類にも糸にもいろんなものがあり、それぞれに特徴も違っていますから、2年間研究しました。
石井
蚕が繭(まゆ)を作りますから、動物性繊維なんですね。
金子
お蚕さんが作った、繭から採れるのもはすべてシルクです。
フィブロインやセリシンというタンパク質の、18種類のアミノ酸で構成されています。
石井
なるほど、人の肌に近い・・・。
だから化粧品などにも使われたりするんですね。
金子
実はシルクといっても、糸にする段階のさまざまな加工技術によって、含まれる成分は全く変わるんです。
石井
以前古い日本映画で、女工さんがお湯に繭を浮かべて糸を取り出して紡いでいたのを見たことがあります。
金子
それが「生糸(きいと)」です。
生の糸と書きます。
タンパク質やアミノ酸は熱に弱いので、ぬるま湯でほぐし数本取り出し紡いで糸にしていく。
シルク本来の成分や特徴を、そのままもったままの糸。
生成りという言葉のとおり、ほんのり黄色味をもっています。
「正絹(しょうけん)」って聞いたことがありますか?
石井
はい、着物で正絹という言葉をよく聞きます。
母がよく着ていて、私も好きで正絹の着物はいいと。
金子
正絹って「正しい絹」と書くでしょ?
大量生産の時代に入り、いろんなシルク製品が世の中に出てきました。
昔の人は、大量生産された糸と区別するために、生糸のことを正絹って言ったんです。
石井
正しい絹、なるほど言い得てますね。
シルクの特徴を無くすことなく、そのままを糸にした。
それが生糸であり、正絹と呼ばれたということですね。
金子
重ねると空気を含み温かい、肌にもよい。
そして切れにくいから丈夫です。
お琴の弦や三味線の弦、お数珠の糸も生糸です。
石井
伸びたり切れたりする糸では、確かに弦にはなりませんね。
金子
昔シルク製品といったらその生糸を使った物がほとんど。
今は、低価格でシルク製品を作るため、化学薬品や技術を使ったいろんな糸で作ったものが世の中に出ています。
石井
一口にシルクといっても、いろいろあるんですね。
金子
養蚕は、中国や東南アジア、インド、ウズベスキタン、ブラジルなど約30ヶ国で行われています。
国によってお蚕さんも違いますし、特徴があります。
例えば、ニット用の糸で多いのは、中国か東南アジアです。
石井
用途によって、産地も変えているんですね。
金子
ニットは伸縮性がないと編めませんから、「絹紡糸(けんぼうし)」というシルクの糸を使っています。
生糸は繭の長いままを糸にしていることから伸縮性がない。
だから、ニットには向かない。
絹紡糸は、繭を粉砕して熱湯や薬品を使い、ウールのような綿状にしたものを糸にするんです。
だから伸縮性がでてきます。
石井
でも、繭の糸を細かくして、熱湯や薬品を使うと・・・
金子
本来シルクがもっている、タンパク質やアミノ酸が少なくなってしまうんです。
粉砕しているから、毛玉もできちゃう。
1本の糸であれば、毛玉なんてできっこない。
石井
ウールって毛玉ができますね。
なるほど、短いからなんだ。
金子
絹紡糸は空気の層ができるので暖かいんです。
でも細かくしたものからできている糸なので弱い。
静電気の起こるシルクもあります。
石井
毛玉や静電気。
まさにシルクをウールのように加工しているということになりますね。
金子
他に、インドシルクやタイシルク、サテンシルクといわれるものがあります。
あれは繭ができる環境からいって、熱をとるものなので夏着るのが良いんです。
シルクといっても、地域や紡績方法でいろんな特性があることを知って欲しいですね。
石井
さすが東京農大で研究されただけあって、シルクのお話は尽きませんね。
ところで、会社を継がれたのはいつですか?
金子
大学卒業後、食肉加工メーカーの研究室に決まっていたんですが、両親が倒れて継ぐことになりました。
石井
それは大変でしたね。
金子
私は編み物は知っているけど、アパレルの内情は知らないわけです。
だから、最初は下働きから始めました。
大型トラック免許もとったり。
石井
当時、会社は順調だったんですか?
金子
昭和60年頃、ちょうどバブルの頃ですね。
多くのアパレル会社が韓国や中国に工場を移し、大量生産を始めました。
うちのような手作りの会社は、だんだんと見本製作だけになっていくという状況で。
石井
より厳しくなってきたんですね。
金子
そんな中、個人のお客様からオーダーメイドを頂くようになり、これからは大量生産ではできないモノ作りをしなくてはダメだと考えたんです。
従業員はもちろん、家内には特に苦労をかけました。
そして、試行錯誤する中、大学時代に出会ったシルクに注目しました。
石井
それまでシルクを使った製品は無かったんですか?
金子
シルクの生糸は本来反物の糸、いわば織物のための糸ですからニットに向かない訳です。
絹紡糸などの糸だとニットは編めるけど、シルクの良さが減っちゃう。
生糸の製法も、実は日本が生み出したものなんです。
それで、日本の伝統文化を守り、生糸でニットを作りたいと思ったんですね。
石井
どんな取り組みをされたんですか?
金子
日本の養蚕農家さんを回ったり、また糸屋さんもあちこち足を運びました。
東京農業大学の研究室でお世話になった教授をはじめ、新潟県の試験場にもご協力いただきました。
試行錯誤を繰り返しながら10年前にできたのが、最高級の生糸で編んだ「良寛シルク」というシルクニットです。
石井
ですが、生糸はニットに向かないんですよね?
金子
私たちは家庭用編み機を使っています。
普通に編もうとすると、伸縮性がないので針が全部引っ張られて折れてしまう。
目を大きくすればまだ編めるかもしませんがガサガサで身につけられるものとはいえない。
そこで、編み機を独自に改造しました。
化学を勉強したのに、機械まで触って。
人と違うことをやるのは大変だなってつくづく思いましたね。
石井
ご自身で?
ということは生糸が編める機械は、唯一金子編物にしかないということですね。
金子
できるまで大変でしたが、嬉しいことに良寛シルクが編めれば、他のどんな糸も編めるんです。
石井
良寛シルクの資料を拝見すると、いいことづくめですね。
金子
日本の昔ながらの知恵で生まれた生糸のシルク。
美しいだけでなく人間の肌にいい、丈夫で長持ちすると言われていたことが、今では化学的に実証されています。
アミノ酸やタンパク質は人の肌に近い、表面の凹凸は摩擦が少なく適度なマッサージが新陳代謝を促す。
だから基本的には色も手を加えないそのままの生成り色です。
石井
シルク製品は通常、洗濯・脱水厳禁と表示されていますが、良寛シルクは丸洗いし脱水もかけられるとか。
金子
正絹の着物って縮みますか?
石井
あ、いえ。
洗い張りに、染め直しとかしますが縮みませんね。
ちゃんと手入れして着れば100年保ちます。
金子
そう、縮みません。
正絹は縮まないんです。
勘違いをされている方が多いんですが、縮むのは手縫いの糸なんです。
糸が縮むから、着物から糸を外して洗います。
石井
資料に「絹鳴り」と書かれていますが、もしや着物の衣ずれの音ですか?
金子
帯を結んだ時とかも音がしますね。
その「キュッキュッ」という生糸どうし擦れあう音で、落ち着くんです。
石井
確かに落ち着きます。
そうそう、着物って陽にあたると黄ばんだりしますよね?
金子
昭和40年頃までに仕立てられた和服の胴裏を見ると黄色くなっているところありますが、裏を返すと真っ白です。
いわば紫外線を通していないということ。
一般的な生糸の紫外線カットは70%~80%ですが、良寛シルクなら96%の紫外線カットできます。
石井
すごいですね。
それだけこだわった良寛シルクだと、繭からこだわりますよね?
金子
日本国内の養蚕農家さんは皆さん高齢で、後継者が居ない状態です。
保証のない仕事ですから。
以前は100%国内産でやっていましたが、東日本大震災で辞められた方もいて、今は10%ほどブラジルの養蚕農家さんにお願いしています。
ブラジルは日本からの移民が多く、気候も似ていて、お蚕さんも同じ種類。
何より日本の養蚕農家と同じ方法で育てているので高品質のものができます。
その分高くなりますが。
石井
確かに、今は海外の方が品質にこだわり高い評価を得ているものが多いですね。
金子
その高い品質の繭を仕入れ、ある糸屋さんで紡いでもらっています。
日本でも五本の指に入るほどの極上の糸を紡ぐ、京都の糸屋さん。
石井
えっ。
養蚕農家さんから吟味した繭を直接仕入れて、それを最高レベルの糸屋さんに持ち込んで良寛シルクになる生糸にして貰っているということですか?
金子
そうですよ。
だから高くなるし、手作りなので数も作れない。
石井
そんなすごい製品があるなんて、驚きです!
金子
毎日使って貰うものだから、着物ほどではないけど、セーターだと、10~20年は着て貰えます。
他の商品も、元々肌の弱い人やうちの良寛シルクじゃなきゃダメだといって使っていただいているお客様ばかりです。
石井
金子社長の妥協することのないこだわりが、そのまま商品になっている「良寛シルク」。
編み物が生活の一部であっただけでなく、研究者としての目をもったからこそできた製品だと思います。
いろんな質問もすべて理路整然と、たとえ話もいれながらわかりやすくお話いただける。
そこには揺るぎない自信があるからこそだと思いました。
今日は本当にありがとうございました。
この取材後、良寛シルクを実際に拝見したくて、丁度開催されていた百貨店の新潟展へ行きました。
商品を見ていると、ファンであるお客さまが次々とお越しになり、勧められたほど。
金子社長から改めてお話を聞きながら、気になって手袋を試着していたら、数分で本当に肌がすべすべなんです。
もちろん買って帰りました。
以前寝ているときの手のケアにとつけて寝ても知らない間に外していたのですが、良寛シルクの手袋はまったくそんなことはなく、ほどよく暖かく翌朝すべすべでした。
毎日愛用しています。
良い商品に出会えたこと本当に感謝しています。
取材日:2013年10月16日
取材場所:池袋東武百貨店 銀座高尾
いかがでしたか?
金子編物がある新潟県出雲崎は、良寛和尚の生誕の地です。
権威を嫌い、名声を求めず、子供たちと無心に遊ぶ姿が人の心を和ませた良寛和尚は、出雲崎の人たちに今でも親しみを込めて良寛さんと呼ばれています。
良寛和尚の逸話は、お手玉やおはじき、毬つきなど、子供とともに楽しむものばかり。
「良寛シルク」という名前は、そんな良寛さんの自然心を後世に残したいという思いから名付けたそうです。
金子さんのシルクニットは、11月6日から手しごと本舗(楽天市場)で、ご購入いただけます。
「あなたにも、良寛さんの優しさを感じてもらいたい。」
そんな思いがつまった、究極のシルクニット「良寛シルク」をぜひ体験してみてください。
なお、シルクの糸には以下のような種類があります。
1)生糸(きいと)
シルクの特長をそのまま糸にしたもの。
2)練糸(ねりいと)
生糸を真っ白にするためにセリシンというタンパク質を熱や薬品で取り除いた糸。
3)玉糸(たまいと)
いびつな繭などを粉砕し熱や薬品で細かくし紡績した糸。
4)絹紡糸(けんぼうし)
繭から生糸をとる時にでたくず繊維(副蚕糸)を原料とし紡績した糸。
5)絹紡紬糸(けんぼうちゅうし)
絹紡糸をつくる時にでたくず繊維から紡績した糸。
6)紬糸(つむぎいと)
くず繭(糸にならない繭)からとった真綿を手で紡いだ糸。
これらのうちのどの糸を使用しても、シルク製と表示できるわけです。
同じ「シルク100%」なのに、商品によって物凄く価格差があるのは、こういう理由からです。
(2013/10/28 編集長・おかざき)