◆湯沢 ひろ江(ゆざわひろえ)
横浜生まれの横浜育ち。
武蔵野美術短期大学・工芸デザイン科の金属専攻。
専攻科修了後、ジュエリーデザイン関係の会社に勤務。
その時の経験からワックス原型制作に関わり、ワックス原型職人として独立。
デザイナーやジュエリーメーカーからのオーダーを中心に、作ってみたいなと思ったら作るという気負わないスタイルで作品を生み出しています。
横浜が一望できる高台の一室で、1000年生きるというバオバブの木の世話をしながら、絵を描く事、大好きな砂漠を見るためにアフリカへ行くなど、好きへの探求心や行動力は尽きません。
目下、潜水艦や飛行機、本は、『海賊と呼ばれた男』に熱中しているそう。
独自の世界観は一つ一つのジュエリーに息づいています。
写真の方が、ワックス職人の湯沢さんです。
ワックスを使う原型作りの技法やワックス原型を使ったジュエリー、多彩な趣味のお話など、たっぷりとお伺いしてきましたのでぜひご覧ください。
インタビュアーは、日本の手仕事や職人さんが大好きな石井さんです。
なお、ワックス原型とは、ジュエリーを作る際、鋳造方法で用いられるものです。
ロストワックス製法という、ワックス(ロウ)でジュエリーそのものの形を作り、それを溶かして型を造り、シルバーなど金属を流し込んで製作します。
ワックスで作られた型のことをワックス原型と呼びます。
ワックスなので削ったり、盛ったり、テクスチャーを付けたり表現が多彩になるのが特長。
これにより複数同じ製品を作ることができ、現在流通しているジュエリーの大半はこの製法によるもの。
最近ではCADを用い、機械によってワックス原型を作ることも増えていますが、繊細な表現や立体化するためのバランスなどは人の手による職人技が必要となります。
石井
以前ジュエリークラフトの教室に通ったことがあります。
その時はハードワックスという素材を使い、ヤスリや彫刻刀のようなもので、切って削って模様をつけたりしながら、実際に指に付けながらきれいに磨いて仕上げました。
それを鋳造してくれる所にお願いして、シルバーリングを作った記憶があります。
その鋳造する前のものが、ワックス原型になるんですか?
湯沢
そうそう。
デザイナーさんやジュエリーメーカーから依頼されたデザイン画を、ワックスを使って立体にしていくのね。
石井
デザイン画って平面ですよね?
それを、実際に身につけられるジュエリーの形に、立体的に作っていく。
湯沢
私に何を求めて依頼してきたのかをよく考えて、要望に応えられるように作るの。
石井
実際に、身につけるためのバランスだとかふくらみだとか、デザイナーさんのこだわりとかをすべて加味して創り上げるわけですね。
ふわぁ~大変!
そのデザインを生かすも殺すも湯沢さん次第ということですか?
重要な役割ですね。
それが、実際のジュエリーに仕立てられる型になる。
湯沢
最初できなくて、ものすごく時間もかかって・・・。
でも立体にしていくのが好きなの。
石井
立体化するのが好きなんですね。
そもそもワックスを学ばれたのはいつ頃ですか?
湯沢
大学卒業してからジュエリーの会社にいて、5年くらいジュエリーデザインをやってたの。
原型職人さんにデザイン画を提出しても、思うような形に仕上がってこなくて。
だったら模型を作ればわかるかなって、こんな感じです!って提出してみたのね。
それでも思うような形に仕上がってこないの。
そしたら、そこまでやるんだったら自分で作れば?って言われたの。
石井
有名なデザイナーさんでも、その意図をくんだ原型職人さんがいないとできないと聞いたことがあります。
それからは、独学ですか?
湯沢
最初は地金から作る職人さんに聞いて、「俺はワックスやらないけど、地金ならこうやるよ」って教わった。
それはハードワックス。
石井
職人さんに直接聞いたんですね。
湯沢
次はシートワックスでお花をきれいに作っている人がいたから、教わりに行って・・・。
石井
それは、ご紹介かなにかで。
湯沢
つてを頼って。
石井
どのくらいの期間されたんですか?
湯沢
シートワックスは1年くらい。
ハードワックスは延々やっているからね。
教わったら自分でやってみて、それを繰り返していく内に仕事が来ちゃった。
石井
上手くできたんですね。
ワックスを習われていく内に、ワックス職人になろうと思われたんですか?
湯沢
いや、ワックスにはこだわってないの。
これが洋服だったら、デザイナーさんの絵から型紙を作りたい。
なんだろう・・・ガラスもそうだし。
とにかく立体化するのが好きなのね。
それがたまたまワックスだったってこと。
石井
なるほど。
たまたまワックスに出会って、習って仕事になっていった。
導かれたのでしょうか(笑)
ハードワックスから、シートワックスを習い、他にも学ばれましたか?
湯沢
シートワックスをやっているときに、ワイヤーワックスもやったのね。
後は蜜蝋が残っているから、どうせだったら全部できるようになった方がいいかなって。
石井
ということは、それぞれできる職人さんは違うってことですか?
湯沢
そうなの。
ハードワックスをやる人は、ハードワックスしかやらないの。
シートワックスの人は、シートとワイヤーワックスしかやらないの。
蜜蝋の人は、蜜蝋しかやらないのね。
石井
へぇーそうなんですか、意外です。
ワックスというカテゴリーは、一人の人が全部できるんだとばかり思っていました。
湯沢
気になった作品があったら、それを作っている先生に会いに行ったり。
天使のモチーフはハードワックスで、バラは蜜蝋で。
見て覚えて自分で作ってみて、形にしていって覚えていった。
石井
湯沢さんはハードワックス、シート・ワイヤーワックス、蜜蝋とワックスはほとんど扱えるということですね、すごい!
中でも、蜜蝋の模様と雰囲気というか、あまり店頭とか雑誌でも見ないスタイルですよね、きれいです。
石井
手前のボウルには、すでに作った物が入ってますね。
これは冷たいお水ですか?
湯沢
そう、形ができたらここに入れておかないと、物の上に置いとくと置いた跡が付いちゃう。
夏場はここに氷も入れて。
石井
ああ、ロウですから、少しの熱でダレたり、跡がついたりしちゃう。
石井
奥にあるのはアルコールランプで温めたお湯ですね。
中にあるのは蜜蝋ですか?
湯沢
そう。
ちょっと柔らかくなりすぎちゃった。
湯沢
柔らかいから、ちょっと待ってくださいね。
石井
柔らかいとダメなんですか?
湯沢
線が汚いし、引目がくっきり出ないの。
石井
なるほど。
感覚的には、飴細工を作っているようなそんな感じですね。
湯沢
うん、べっこう飴みたい。
石井
引目って、蜜蝋じゃないとできないんですか?
湯沢
うん、最近出来合いの蜜蝋があるらしいのね。
やってみたけど、きれいな筋目はでない。
石井
こうやって作っているところを見ると、わくわくしちゃいます!
湯沢
こうやって引目が・・・。
石井
出てます出てます、きれい!
切るときは、ナイフに熱を当てて温めてから切る。
すっときれいに切れますね。
湯沢
形が決まったら、ちょっと水につけて冷まして。
石井
これを鋳造するということは、厚みとかも大切ですか?
湯沢
これ見てもらうとわかると思うけど、縁が厚めになっていて中央が薄くなって・・・。
石井
本当です!
湯沢
ちょっとやってみない?
石井
いいんですか!
えっと、縁を厚くする?
ああ緊張します。
真ん中薄いですけど、薄すぎますよね、ああ怖い!
息とまる!(笑)
湯沢
ぐーっと筋目を。
少ーしずつ引っ張ると細くなる。
ここは厚いから、使えるのはここまで。
石井
面白いですね、面白いけど美しいバランスって。
湯沢
筋目がまずきれいに出ないといけないし、ここが薄くなりすぎてもダメだし、厚みが出過ぎてもダメで。
石井
ああーこうやって切れちゃうとダメですよね。
蜜蝋ってちょっと失敗したりしても細かい修正ってできないですよね?
湯沢
きれいな引目、筋目が出なかったら没だから、うまくいかないと没が山のようになるの。
石井
それはどうするんですか?
湯沢
溶かしてまた使うの。
お蕎麦のおつゆみたい。
石井
蕎麦つゆ?
湯沢
蜜蝋って、蜜蝋と松ヤニを混ぜて煮るんだけど、新しいものだけだとだめで、没とか前に作ったものを入れないとできないの。
石井
なるほど、そばつゆとかウナギのたれとか、継ぎ足して継ぎ足し使っていきますね。
さっき出来合いの蜜蝋って言われてましたが、使う蜜蝋は素材の蜜蝋と松ヤニを買って自分で煮て作るんですか?
湯沢
そう、煮るの。
石井
それと・・・今は、ざっくりと作り方を教えてもらいましたけど、本当はチェーンを通す位置なんかをちゃんと考えてから作らないと、実際身につけた時の見え方とか安定感とか出ないですよね?
湯沢
うん、だから最初はモデルみたいなものを作って、さんざん試してみてから本番を作る。
作ったのは冷蔵庫入れるの。
冷蔵庫にはこんなのがいっぱいあるんです。
石井
うわ、きれい!
バラも生きてるみたいですね。
筋目もきれいに入って、流れるラインも蜜蝋ならではなんでしょうね。
あ、これピアスですよね?
左右対称になってますが、これもさっきと同じようにつくっていったわけですね。
難しそう。
湯沢
筋目のカーブと・・・大変なの。
石井
作ること自体は短時間ですが、製品になるにはしっかり考え試して形ができているわけですね。
すごい!
偶然の産物のように見えて、実は違うプロの技ですね。
蜜蝋自体も自分で煮て、使いやすくする。
湯沢
松ヤニは私が始めた頃には日本製があったのね。
でも今は中国製とかも増えているみたい。
松ヤニも手に入り難くなってきているみたいなので、ちょこちょこ買い足しています。
石井
天然の素材を材料にされている方達は、皆さん大変だと言われています。
今日は蜜蝋での制作を見せていただきましたが、ワックスの中では蜜蝋の出番は多いですか?
湯沢
そんなことない。
デザイン画や自分が作りたい物によって、一番合ってるワックスを選んで作ってる。
石井
さすが、すべてのワックスが扱える湯沢さんだからこそですね。
石井
立体化することが好きで、それをたまたまワックスという素材で作っているという湯沢さん。
お部屋を拝見すると、絵もたくさんありますね。
これも湯沢さんが描かれているものですか。
湯沢
3才くらいからお絵描き教室に通っていたのね。
当時住んでいたところが新興住宅地で、遊び相手もいないところに、丁度芸大出たてのご夫婦が引っ越して来て、お絵描き教室をやるというので遊びの感じで行ってたの。
絵を描く事は好きなので、今は人柄や作品が大好きな先生に出会えたので、17年くらい先生のアトリエに通って教えていただいているの。
石井
美大に進まれたのは、絵の方向に進もうと思われたんですか?
湯沢
美大は、当時の試験科目で歴史が無かったのが武蔵美だけだったの、歴史が苦手でダメだったから。
石井
そして工芸デザイン科で金属専攻ですね?
湯沢
打ち消し法?
木工やると、電動ノコギリを使うから手を切りそうでいやでしょ。
樹脂を扱うとシンナーの臭いがいやでしょ。
陶芸は倍率高いから、抽選になって落ちて選べなかったらいやでしょ。
テキスタイルは、宿題が毎日多くていやでしょ。
金属はまだ大丈夫だっていうから、じゃあそれでいいかって。
石井
面白い(笑)
確かに嫌なことを我慢してやるよりも、嫌じゃないことをやる方が絶対いい。
打ち消し法なだけで、結果それを選んでいるってことになりますね。
専攻科まで行かれているわけですから、正解ですね。
湯沢
お絵描きでもパレットに絵の具を並べるんだけど。
私、緑色が苦手なんだけど使わない色でも出して並べるの。
そして、結果選ばなかったという選択にするの。
石井
そういうことですね(笑)
お絵描きや立体化することの他、好きなことはなんですか?
湯沢
仏像も好きだし、砂漠も大好き!
アフリカのナミビアとかセネガルとか、前は砂漠を見に行ったの。
地平線が好きなんだけど、風が作る砂の曲線は見ている内にどんどん変化するから、時間を忘れて見入っちゃう。
自然界の曲線も好きだし。
ワックスも抽象的なものが好きなのね。
石井
本もいろんなジャンルがあります。
湯沢
今は『海賊と呼ばれた男』に熱中しているの。
他には関ヶ原の戦いのような戦の陣形が好きだし、ガリア戦記とかも、こういう陣形かぁとかね、陣形の図を見るのが大好きなの。
『坂の上の雲』読んでから軍艦とか潜水艦が気になって。
船の形ってすっごくきれいじゃない、潜水艦は鯨の形からきてるのかしらね?
航空機も隊列組んで飛んでいる姿がいいのよね。
石井
形とかスタイルとか、ラインやフォルムとか?
確かにバランスいいかも。
電車とか他の乗り物はどうですか?
湯沢
電車も大好き、新幹線も好きなの。
こないだ郵便局でドクターイエローのハガキセットが出てて買ったの。
石井
ドクターイエローですか?
湯沢
新幹線が黄色くなってて線路の検査するための列車で、滅多に見られない。
それを見ると幸せになれるっていうの。
新幹線を作る話も、すごい技術屋さんが結集してできていて、すっごく面白いの!
石井
形とかだけではないですね、何かを生み出したり進化したり?
男のロマン的な志向でしょうか。
湯沢
本を読むのは大好きなので、忙しい時は軽い本しか読めなくて。
時間ができるとしっかり読む。
昨日は、20時から寝るまで読んでた。
石井
打ち合わせなどで出かけられる時もあるでしょうが、基本的にどんな風に一日を過ごされますか?
湯沢
朝5時前起床。
バオバブのお世話をして朝ご飯。
7時半からラジオのフランス語講座を聴いて。
石井
フランス語?
湯沢
私の好きなアフリカの国が、フランス領だった所ばっかりなのね。
英語は通じないからフランス語しかないでしょ。
で、やり始めたんだけど、これからは行かれない国になってしまいそうだけど。
そして、午前中はワックスをやるの。
石井
ワックスを作られているときなども、BGMはラジオですか?
湯沢
ワックスの作業するときのBGMは、ベートーヴェンの交響曲。
運命と第九をメインにして、好きなのは4番と7番、8番が大好き。
ほぼ毎日、夏でも第九。
石井
おお、ベートーヴェンの交響曲。
リラックス感の音ではなくて、その世界に入り込める集中できる感じですね。
午後はどのように過ごされますか?
湯沢
大事なことは午前中にやっているから、午後はなんとなく休憩をいれながら、描いたり作ったりをその時の気分で。
時間があれば本を読んで、22時には寝る。
石井
健康的ですね。
人によっては作る作業も気分が乗ったらなんていう人もいらっしゃると思いますが、湯沢さんはとっても規則正しい。
毎日のペースが出来上がっているんですね。
湯沢
ワックス原型を作るのは、ルーティンというか日課というか、歯を磨いたり顔を洗ったり、掃除や洗濯と同じような気がするの。
無くても生きていけるけど、あれば心地良く生きていける。
もちろん依頼されたものは、出来る限りのチカラで要望に応えられるように作りますが、それ以外は気負っているわけでもなく、作りたいモノがあれば作るし。
そんな感じなのね。
石井
なるほど・・・自然体というのか、好きなことは徹底して好きで、できることはプロとしてやる。
でもそれが気負いのない、しなやかな佇まいをもった職人といえるのかもしれません。
出来上がったジュエリーを拝見すると、細部まで隙のない作りとこだわりがありながら、のびのびとした開放感や遊び心もあったり。
新作楽しみにしています。
今日はありがとうございました。
取材日:2014年9月17日
取材場所:湯沢さんの自宅兼工房
ワックスの種類について、補足をしておきますね。
ワックスは、硬さによって、ハードワックスとソフトワックスに分類されます。
●ハードワックス=彫刻のように削って制作、ロウなので盛ることもできます。
・ブロックワックス=ブローチやペンダントなどに使用
・チューブワックス=穴の空いたものでリング制作に使用
●ソフトワックス=柔らかいので自由に曲げたり、切ったり組み立てたりが可能。
・パラフィンワックス=ソフトワックスの基本形、自由に使用可能。
・シートワックス=薄いシート状のもの、厚みはさまざま。
・ワイヤーワックス=線状になったもの、直径や形はさまざま。
・蜜蝋=独特のテクスチャーが可能。
なお、湯沢さんのジュエリーは、手しごと本舗(楽天市場)でご購入いただけます。
(2014/9/25 編集長・おかざき)